
詩人の中原中也は、立命館中学時代、三つ年上の駆け出しの女優だった長谷川泰子と出会い、一緒に暮らすようになる。その後、東京に行き、二人の恋愛関係が続くなかで、のちに文芸評論家として名を馳せる若かりし頃の小林秀雄と、友情、そして恋愛の絡んだ三角関係に繋がる。小林は中也と友人でもあったものの、同時に才能に憧れていた面もあったのかもしれない。中也の恋人であった泰子は、小林のもとに去り、中也はそのときの苦悶を随筆に書き残している。「私は苦しかった。そして段々人嫌いになって行くのであった。世界は次第に狭くなって、やがては私を搾め殺しそうだった。だが私は生きたかった。生きたかった!」(中原中也『我が生活』)。