詩人の中原中也には文也という息子がいた。中也は息子のことをたいそう可愛がっていたが、その愛息子が、二歳になる頃に体調を崩す。日記には「坊やの胃は相変わらずわるく、終日むずがる。明日頃はなおるであろう」とある。しかし、結局文也はそのまま息を引き取ることになる。死因は小児結核だった。中也は悲しみのあまり、葬儀のときに文也の遺体を抱きしめて離さなかったという。突如子供を失ったショックや疲弊もあり、中也はその後入院。退院後も衰弱していき、まもなく中也自身も30歳で亡くなる。文也の死後に中也の書いた作品には、文也とのささやかな思い出が描かれている詩もある。「またん春と人はう しかし私は辛いのだ 春が来たって何になろ あの子が返って来るじゃない──」(「また来ん春……」より)