
詩人・童話作家の宮沢賢治には、トシという最愛の妹がいた。トシとは年齢が二つ違いとそれほど離れていないこともあり親しい間柄であったものの、彼女は若くして結核によって亡くなる。その妹の最期の光景と心情とを書いた詩が、「永訣の朝」である。この詩のなかでは、弱っているトシと、その朝にみぞれのような雪が降っている様子が描かれている。そしてトシが賢治に向かって言った言葉として、「あめゆじゅとてちてけんじゃ」という印象的な言葉が繰り返し挟み込まれる。これは「雨雪を取ってきてください」という意味で、そこには解釈として議論はなく、ただ、この後半部分の「けんじゃ」というのが、ときどき「賢治」という意味で解説されている。「雨雪を取ってきてください、賢治」と呼びかけているように。その解釈を見ると、なぜ兄なのに呼び捨てなんだろう、家族の関係的にそれくらい親しかったということなのだろうか、などとも思うが、実際はこの「けんじゃ」は、地域の方言で、「〜してきてください」という意味になるようだ。加えて、「あめゆじゅとてちて」ともう呂律も回っていない様子も窺えるので、その方言も、もしかしたら微妙に崩れてしまっているのかもしれない。それゆえ切実さがより伝わってくる。