
小説家の太宰治は、第一回芥川賞の候補となるものの落選。選考委員の川端康成による、まるで私生活を問題視するかのような選評に、太宰は激怒。「刺す。そうも思った。大悪党だと思った。」など、敬意のあった川端への愛憎半ばするような、激しい感情をむき出しにした文章を雑誌に寄稿した(当時、太宰は26歳。川端とは年齢差が10ほどあった)。芥川龍之介への熱烈な憧れや金銭的な事情もあってか、どうしても芥川賞が欲しかった太宰は、第二回芥川賞の際、選考委員の佐藤春夫に、「第二回の芥川賞は、私に下さいまするよう、伏して懇願申しあげます」「佐藤さん、私を忘れないで下さい。私を見殺しにしないで下さい。いまは、いのちをおまかせ申しあげます」などと切実な懇願の手紙を送った。しかし、受賞は叶わなかった。